東京高等裁判所 平成8年(行ケ)83号 判決 1997年5月08日
東京都千代田区丸の内3丁目2番3号
原告
株式会社ニコン
代表者代表取締役
小野茂夫
訴訟代理人弁理士
永井冬紀
同
後藤政喜
同
松田嘉夫
東京都千代田区霞が関3丁目4番3号
被告
特許庁長官
荒井寿光
指定代理人
古寺昌三
同
吉村宅衛
同
村山光威
同
吉野日出夫
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第1 当事者が求める裁判
1 原告
「特許庁が平成7年審判第1052号事件について平成8年2月14日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決
2 被告
主文と同旨の判決
第2 請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和58年6月3目に名称を「写真伝送装置」(後に、「画像読取装置」と補正)とする発明(以下、「本願発明」といい、その特許請求の範囲1に記載された発明を「本願第1発明」という。)について特許出願(昭和58年特許願第98079号)をし、平成6年11月18日に拒絶査定がなされたので、平成7年1月19日に査定不服の審判を請求し、平成7年審判第1052号事件として審理された結果、平成8年2月14日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決がなされ、その謄本は同年4月24日原告に送達された。
2 本願第1発明の要旨(別紙図面A参照)
多段階の階調を有する透明陰画または透明陽画を保持する保持手段と、
該保持手段で保持された前記透明陰画または透明陽画を背後から照明する照明手段と、
前記透明陰画または透明陽画上の実像をつくる結像光学系と、
該結像光学系の焦点面上に置かれ、前記透明陰画または透明陽画の画像を光電変換するイメージセンサと、
前記透明陰画または透明陽画に対する出力信号を切り換える切換手段と、
該切換手段で切換えられた前記透明陰画の信号を任意にガンマ補正する第1ガンマ補正手段と、
該切換手段で切換えられた前記透明陽画の信号を任意にガンマ補正する第2ガンマ補正手段と、
前記第1または第2ガンマ補正手段からの処理済の出力信号を送出する送出手段とを備えたことを特徴とする画像読取装置
3 審決の理由の要点
(1)本願発明の要旨は、その特許請求の範囲1及び2に記載されたとおりの「画像読取装置」にあると認められるところ、本願第1発明の要旨は前項のとおりである。
(2)これに対し、昭和50年特許出願公開第17525号公報(以下、「引用例1」という。別紙図面B参照)には、
ネガフィルム或いはポジフィルムを背後から照明する光源と、前記ネガフィルム或いはポジフィルムの画像を結像する結像レンズ系と、該結像レンズ系により結像された画像を光電変換する撮像管と、撮像管の出力をガンマ補正するガンマ補正回路と、ガンマ補正回路の出力を増幅する映像増幅回路とを備えた撮像装置
が記載されている。
また、昭和53年特許出願公開第96616号公報(以下、「引用例2」という。)の8頁左上欄5行ないし10行には、ガンマ補正は、走査器の非直線性、プリンタの欠陥または眼の非直線性に対して必要な補正を行い、再生画像が元の画像を良く表すようにするために、走査器の出力信号を補正することである旨が記載されている。
(3)本願第1発明と引用例1記載の発明とを比較すると、引用例1記載の「ネガフィルム、ポジフィルム、光源、撮像管、ガンマ補正回路、映像増幅器、撮像装置」は、それぞれ、本願第1発明の「透明陰画、透明陽画、照明手段、イメージセンサ、ガンマ補正手段、送出手段、画像読取装置」と等価または同義と認められ、また、引用例1記載の発明がネガフィルム或いはポジフィルムを保持する保持手段を具備していること、及び、撮像管の撮像面を結像レンズ系の焦点面上に位置させていることは、技術常識からみて当然のことと認められるので、両者は、
「多段階の階調を有する透明陰画または透明陽画を保持する保持手段と、
該保持手段で保持された前記透明陰画または透明陽画を背後から照明する照明手段と、
前記透明陰画または透明陽画上の実像をつくる結像光学系と、
該結像光学系の焦点面上に置かれ、前記透明陰画または透明陽画の画像を光電変換するイメージセンサと、
ガンマ補正手段からの処理済みの出力信号を送出する送出手段とを備えたことを特徴とする画像読取装置」
である点で一致するが、本願第1発明が透明陰画または透明陽画に対する出力信号を切り換える切換手段と、該切換手段で切り換えられた前記透明陰画の信号を任意にガンマ補正する第1ガンマ補正手段と、該切換手段で切り換えられた前記透明陽画の信号を任意にガンマ補正する第2ガンマ補正手段とを備え、前記第1または第2ガンマ補正手段の出力を送出手段に供給している(換言すれば、読み取るべき画像に応じてガンマ補正の特性を選択できるようにしたガンマ補正手段を用いている)のに対し、引用例1にはガンマ補正回路の具体的構成が示されていない点において相違する。
(4)上記相違点について検討すると、ガンマ補正が、引用例2に記載されているように、走査器(読取装置)の非直線性または眼の非直線性に対する補正を行って元の画像を良く表現するためのものであることは周知の事項である。
一方、画像などに応じて最適なガンマ補正を行うために、特性の異なったガンマ補正手段を選択できるようにすること、あるいは、ガンマ補正特性を変更できるようにすることは、本出願前に周知の技術手段である(例えば、昭和56年特許出願公開第1667号公報(以下、「周知例1」という。)の3頁左上欄10行ないし右上欄3行、昭和56年特許出願公開第6576号公報(以下、「周知例2」という。)の2頁右上欄2行ないし7行)。
そうすると、引用例1のガンマ補正回路に前記周知の技術手段を適用して画像に応じて最適なガンマ補正が行えるようにすることは当業者が容易になし得た程度のものであり、その適用に際し、ネガフィルムの信号を任意にガンマ補正する第1ガンマ補正手段とポジフィルムの信号を任意にガンマ補正する第2ガンマ補正手段を設けると共に、撮像すべきフィルムに応じて、撮像管の出力信号を第1ガンマ補正手段または第2ガンマ補正手段に切り換えて供給する切換手段を設けることは単なる設計事項にすぎない。そして、この適用により得られる効果は、前記周知の技術手段に基づいて当業者が予測し得る程度のものであって、格別なものではない。
(5)したがって、本願発明は引用例1記載の発明及び前記周知の技術手段に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。
4 審決の取消事由
各引用例及び各周知例に審決認定の技術的事項が記載されていること、本願第1発明と引用例1記載の発明とが審決認定の一致点及び相違点を有することは認める。しかしながら、審決は、本願第1発明及び各周知例記載の技術内容を誤認した結果、相違点の判断を誤って、本願発明の進歩性を否定したものであって、違法であるから、取り消されるべきである。
(1)本願第1発明の技術内容について
本願第1発明が読取対象とする透明陰画(以下、「ネガ画像」という。)及び透明陽画(以下、「ポジ画像」という。)は、いずれも潜像を現像して可視画像としたものであるが、潜像形成時あるいは可視化時の諸条件に影響されて被写体光像を忠実に再現しているものではないうえ、これらの画像を電気的に読み取る際の条件によっても被写体光像の画質からずれてしまうので、補正処理が不可欠である。加えて、ネガ画像は被写体光像を反転したものであるから、これをポジ画像に変換(以下、「ネガポジ変換」という。)する手段、及び、ネガポジ変換に伴って生ずる「ずれ」の補正処理も必要であって、本願第1発明が要旨とする第1ガンマ補正手段は、以上のすべての補正処理を行うものである。これに反し、ポジ画像についてはネガポジ変換が不要であるから、潜像形成時、可視化時及び電気的読取時の「ずれ」の補正処理を行えば足りるのであり、本願第1発明が要旨とする第2ガンマ補正手段はこれらの補正処理を行う。本願第1発明は、一つの読取装置がネガ画像及びポジ画像の双方を読取対象とし、上記のように構成された第1ガンマ補正手段と第2ガンマ補正手段の双方を備え、これらを切換手段によって切り換えて使用することを特徴とする(別紙参考図(本願発明)参照)。
本願第1発明が要旨とする第1ガンマ補正手段がネガポジ変換手段を含むことは、日本放送協会編「放送技術双書6フィルム技術」(日本放送出版協会昭和58年2月20日発行。以下、「甲第9号証刊行物」という。)135頁の図3.112に、「ネガフィルム送像方式」と題して「ガンマ補正」の前段階として「反転回路」が図示され、「ネガ像をポジフィルムヘ反転プリントする場合、そのガンマ値をγPとすれば、(中略)総合ガンマ値は正の符号となり、ポジ像として得ることができる.」(136頁下から5行ないし2行)と記載されていることから明らかである。
(2)相違点の判断の誤り
これに対し、引用例1記載の発明は、ネガ画像あるいはポジ画像のいずれか一方のみを読取対象とし、したがってネガ画像補正手段あるいはポジ画像補正手段のいずれか一方のみを備えるものであって、引用例1には、双方の補正手段を一つの読取装置に設けて、読取画像に応じてそれぞれに適したガンマ補正手段を選択するように切り換えることは記載も示唆もされていない(別紙参考図(周知技術)参照)。
そして、審決が相違点の判断において援用した周知例1の1頁右下欄6行ないし2頁左上欄10行、2頁右上欄4行ないし11行、3頁左上欄17行ないし右上欄3行の各記載によれば、周知例1記載の発明は、ネガ画像あるいはポジ画像のいずれか一方のみを読取対象とし、したがってネガ画像補正手段あるいはポジ画像補正手段のいずれか一方のみを備える点においては引用例1記載の発明と同じであり、ただ、同一種類の読取画像について用意されたガンマ補正特性の異なる複数のPROMから最適のものを選択して補正処理を行うように構成したことを特徴とするものである。
また、周知例2記載の発明も、ネガ画像あるいはポジ画像のいずれか一方のみを読取対象とし、したがってネガ画像補正手段あるいはポジ画像補正手段のいずれか一方のみを備える点においては引用例1記載の発明と同じである。そして、周知例2記載の発明は、審決が説示するとおり、「ガンマ補正特性を変更できるように」構成したことを特徴とするものであって、「特性の異なったガンマ補正手段を選択できるようにすること」に関するものではない。
したがって、周知例1のみを論拠として、「特性の異なったガンマ補正手段を選択できるようにすること」が本出願前に周知の技術手段であるとするのは失当であるし、各周知例には、一つの読取装置をネガ画像及びポジ画像の双方を読取り対象とするように構成し、ネガ画像補正手段とポジ画像補正手段とを切換手段によって切り換えて使用することは示唆すらされていないから、「引用例1のガンマ補正回路に前記周知の技術手段を適用して画像に応じて最適なガンマ補正が行えるようにすることは当業者が容易になし得た程度のものであり、その適用に際し、ネガフィルムの信号を任意にガンマ補正する第1ガンマ補正手段とポジフィルムの信号を任意にガンマ補正する第2ガンマ補正手段を設けると共に、撮像すべきフィルムに応じて、撮像管の出力信号を第1ガンマ補正手段または第2ガンマ補正手段に切り換えて供給する切換手段を設けることは単なる設計事項にすぎない」とした審決の判断は論拠を欠き、誤りである。のみならず、審決の上記判断は、ネガポジ変換手段を含み、ネガポジ変換に伴って生ずる「ずれ」の補正処理も行う本願第1発明の第1ガンマ補正手段と、ネガポジ変換手段を含まない従来のガンマ補正手段とを同列に論じている点においても失当である。
この点について、被告は、各周知例を例示したのは「画像などに応じて最適なガンマ補正を行う」ことが周知の技術手段であることを示すためである旨を主張する。しかしながら、審決の前記記載は、「特性の異なったガンマ補正手段を選択できるようにすること」あるいは「ガンマ補正特性を変更できるようにすること」が周知の技術手段であることを説示していると解さざるを得ないから、被告の上記主張は当たらない。
そして、本願第1発明は、相違点に係る構成によって、周知例1記載の発明のようにPROMを差し替える煩雑な操作でなく、切換手段の切換えという簡便な操作でネガ画像とポジ画像の双方を読み取ることができる作用効果を奏するものであるが、このような顕著な作用効果は本出願前には予測されていなかったのであるから、周知の技術手段「の適用により得られる効果は、前記周知の技術手段に基づいて当業者が予測し得る程度のものであって、格別なものではない」とした審決の判断も誤りである。
この点について、被告は、引用例1の第3図に示されている装置はネガ画像とポジ画像の双方を読取対象とするものと解することができると主張する。しかしながら、引用例1に、一つの読取装置をネガ画像及びポジ画像の双方を読み取るように構成することについての積極的な記載が存しないことは明らかであって、引用例1には、その映像レベルの安定化法がネガ画像あるいはポジ画像のいずれに対しても適用し得ることが記載されているにすぎないと解するのが相当である。このことは、甲第9号証刊行物の134頁19行ないし135頁3行及び図3-112、社団法人テレビジョン学会編「テレビジョン・画像工学ハンドブック」(株式会社オーム社昭和55年12月30日発行。以下、「甲第10号証刊行物」という。)の796頁右欄9行ないし13行に記載されているように、本出願前においては、ガンマ補正を伴うネガ画像読取装置とガンマ補正を伴うポジ画像読取装置とが、それぞれ別個の専用機として構成されていたことによっても裏付けられるというべきである。
第3 請求原因の認否及び被告の主張
請求原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本願発明の要旨)及び3(審決の理由の要点)は認めるが、4(審決の取消事由)は争う。審決の認定判断は正当であって、これを取り消すべき理由はない。
1 本願第1発明の技術内容について
原告は、本願第1発明が要旨とする第1ガンマ補正手段はネガポジ変換手段を含み、ネガポジ変換に伴って生ずる「ずれ」の補正処理も行うものであると主張する。
しかしながら、その要旨とする第1ガンマ補正手段は「透明陰画の信号を任意にガンマ補正する」と限定されているだけであって、ネガポジ変換手段を含み、ネガポジ変換に伴って生ずる「ずれ」の補正処理も行うことは本願第1発明の特許請求の範囲に記載されていないから、原告の上記主張が失当であることは明らかである。
2 相違点の判断について
原告は、各周知例記載の発明はネガ画像あるいはポジ画像のいずれか一方のみを読取対象とし、したがってネガ画像補正手段あるいはポジ画像補正手段のいずれか一方のみを備えるものにすぎず、各周知例には一つの読取装置をネガ画像及びポジ画像の双方を読取対象とするように構成し、ネガ画像補正手段とポジ画像補正手段とを切換手段によって切り換えて使用することは示唆すらされていないから、審決の相違点の判断は論拠を欠くと主張する。
しかしながら、審決に説示したとおり、画像を電気的に読み取るものにおいて、読取対象とする画像の画質などに応じて特性の異なったガンマ補正手段を選択(あるいはガンマ補正特性を変更)することにより最適なガンマ補正を行うことは本出願前に周知の技術手段であるところ、そのような選択ないし変更を可能とするためには、画像読取装置に、あらかじめ複数のガンマ補正手段(あるいは複数のガンマ補正特性)を設けておかねばならないことは当然である。したがって、一つの画像読取装置に複数のガンマ補正手段(あるいは複数のガンマ補正特性)を設けておくという発想は、本出願前に存在していたのである。
そして、周知例1には、その発明を適用し得る読取対象がネガ画像あるいはポジ画像のいずれかに限定されることは記載されていないから、同周知例が開示している補正特性の異なる複数のPROMを備えておき、最適のものを選択して補正処理を行うという技術的思想を、ネガ画像とポジ画像の双方を読み取るものに適用することには、何らの技術的困難も考えられない。したがって、一つの画像読取装置に、ネガ画像のガンマ補正を行う手段と、ポジ画像のガンマ補正を行う手段を備えるようにし、これらを周知慣用の切換手段によって切り換えて使用する構成を採用することは単なる設計事項というほかはない。
また、そのような構成によって奏される、ネガ画像及びポジ画像の双方について最適なガンマ補正が容易に得られるという作用効果も、当業者ならば当然に予測し得たことが明らかであるから、審決の相違点の判断には何らの誤りも存しない。
さらに言えば、引用例1の2頁左上欄6行ないし15行の記載、及び、別紙図面Bの第3図に図示されている「2」が「ポジフィルム或いはネガフィルム」(2頁左下欄9行、10行)であることを考えれば、引用例1の第3図に示されている装置自体も、ネガ画像とポジ画像の双方を読取対象とするものと解することができる。
この点について、原告は、周知例1のみを論拠として「特性の異なったガンマ補正手段を選択できるようにすること」が本出願前に周知の技術手段であるとするのは失当であると主張する。しかしながら、審決において各周知例を例示したのは、「画像などに応じて最適なガンマ補正を行う」ことが本出願前に周知の技術手段であることを示すためであり、画像読取装置に関するものである点において本願発明と同一の技術分野に属する周知例1に開示されている事項が当業者にとって周知とすることが妥当でないとはいえない。
また、原告は、ネガポジ変換手段を含み、ネガポジ変換に伴って生ずる「ずれ」の補正処理も行う本願第1発明の第1ガンマ補正手段と、ネガポジ変換手段を含まない従来のガンマ補正手段とを同列に論じている点において審決は失当であると主張する。しかしながら、本願第1発明は、その第1ガンマ補正手段がネガポジ変換手段を含み、ネガポジ変換に伴って生ずる「ずれ」の補正処理も行うことを要旨としていないことは前記のとおりであるから、原告の上記主張は当たらない。
第4 証拠関係
証拠関係は、本件訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。
理由
第1 請求原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本願第1発明の要旨)、3(審決の理由の要点)、及び、引用例1に審決認定の技術的事項が記載されており、本願第1発明と引用例1記載の発明とが審決認定の一致点及び相違点を有することは、当事者間に争いがない。
第2 そこで、原告主張の審決取消事由の当否を検討する。
1 成立に争いのない甲第2号証(特許願書添付の明細書及び図面)、第3号証(平成4年11月2日付け手続補正書)及び第6号証(平成7年2月20日付け手続補正書)によれば、本願明細書には、本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果が次のように記載されていることが認められる(別紙図面A参照)。
(1)技術的課題(目的)
本願発明は、透明原稿による画像情報を電気信号に変換する画像読取装置に関するものであり、例えば、写真等の透明原稿を読み取り、読み取った画像情報を送出できる画像読取装置に関するものである(平成4年11月2日付け手続補正書2頁6行ないし10行)。
この種の従来の装置は、写真を現像し、引き伸ばして得たプリントを走査して送出するものであったから、写真撮影から送出に至るまでに、ネガフィルムの現像と、引伸ばしトリミングによるプリント原稿の作成という2つのプロセスを必要とし、その手間と時間は多大なものであった(明細書1頁19行ないし2頁6行)。
本願発明は、透明原稿の画像情報を電気信号に変換して読み取り、ネガ画像またはポジ画像に対する出力信号を切り換えて、ネガ画像またはポジ画像に応じたガンマ補正をするとともに、そのガンマ補正の特性を任意に補正することができるため、操作者が望む適切な画像情報を送出できる画像読取装置を提供することを目的とする。また、本願発明は、所望の画像情報をトリミングできる画像読取装置を提供することを目的とする(平成4年11月2日付け手続補正書2頁13行ないし3頁2行、平成7年2月20日付け手続補正書2頁5行ないし8行)。
(2)構成
上記の目的を達成するために、本願第1発明は、その要旨とする構成を採用したものである(平成7年2月20日付け手続補正書3頁2行ないし12行)。
(3)作用効果
本願発明によれば、透明原稿の画像情報を電気信号に変換して読み取り、ネガ画像またはポジ画像に対する出力信号を切り換えて、ネガ画像またはポジ画像に応じたガンマ補正をするとともに、そのガンマ補正の特性を任意に補正することができるため、操作者が望む適切な画像情報を送出することができる。また、本願発明によれば、所望の画像情報をトリミングできるので、使用者の所望する部分の画像を容易に得ることができる(平成4年11月2日付け手続補正書3頁5行ないし14行、平成7年2月20日付け手続補正書2頁11行ないし13行)。
2 本願第1発明の技術内容について
原告は、本願第1発明が要旨とする第1ガンマ補正手段はネガポジ変換手段を含み、ネガポジ変換に伴う「ずれ」の補正処理をも行うものであると主張する。
しかしながら、本願第1発明の特許請求の範囲には、第1ガンマ補正手段について、「該切換手段で切換えられた前記透明陰画の信号を任意にガンマ補正する第1ガンマ補正手段」とのみ記載され、ネガポジ変換手段及びネガポジ変換に伴って生ずる「ずれ」の補正処理についての記載はない。そして、この記載は、これに続く「該切換手段で切換えられた前記透明陽画の信号を任意にガンマ補正する第2ガンマ補正手段」との記載と同列に扱われているから、当業者がこの記載をみた場合、本願第1発明が要旨とする第1ガンマ補正手段は、従来から行われている潜像形成時及び電気的読取時に生ずる被写体光像からの「ずれ」を補正するための手段と理解するのが通常であり、この手段がネガポジ変換手段を含み、ネガポジ変換に伴って生ずる「ずれ」の補正処理をも行うことを必須の構成要件とするものであるとは理解しないというべきである。
この点について、原告は、甲第9号証刊行物の記載を援用する。確かに、成立に争いのない甲第9号証によれば、甲第9号証刊行物の135頁の図3.112「ネガ・ポジフィルム送像方式の映像変換の模型」には、「(b)ネガフィルム送像方式」として、「ネガフィルム→テレビカメラ→反転回路→ガンマ補正→ブラウン管」の流れが図示され、また、136頁には「ネガ像をポジフィルムヘ反転プリントする場合、そのガンマ値をγPとすれば、(中略)総合ガンマ値は正の符号となり、ポジ像を得ることができる.」(下から5行ないし2行)と記載されていることが認められる。
しかしながら、同号証によれば、上記図3.112に「(a)ポジ(リバーサル)フィルムの送像方式」として「ポジフィルム→テレビカメラ→ガンマ補正→ブラウン管」の流れが図示されていることが認められることから明らかなように、甲第9号証刊行物の記載は、ポジ画像の補正処理にはそれに適するガンマ補正手段が、ネガ画像の補正処理にはネガポジ変換とそれに適するガンマ補正手段とが適用されるべきことを開示しているにすぎないと考えるほかはない。したがって、甲第9号証刊行物の記載を、本願第1発明が要旨とする第1ガンマ補正手段はネガポジ変換手段を含み、ネガポジ変換に伴って生ずる「ずれ」の補正処理をも行うものであるという原告の主張の論拠とすることはできない。
3 相違点の判断について
原告は、引用例1及び各周知例には一つの読取装置をネガ画像及びポジ画像の双方を読取対象とするように構成し、ネガ画像補正手段とポジ画像補正手段とを切り換えて使用することは示唆すらされていないから、審決の相違点の判断は論拠を欠くと主張する。
しかしながら、引用例1に審決認定の技術内容が記載されていることは当事者間に争いがなく、また、成立に争いのない甲第4号証によれば、引用例1には、別紙図面Bの第3図が示され、「第3図に示す本発明の一実施例を示すブロック図において、前記輝度マーク(1)を有するポジフィルム或いはネガフィルム(2)の再生用光源(3)及び結像レンズ系(4)による透過映像を撮像管(5)で撮像した場合前段増幅回路(6)における出力は、第4図(A)に示すものとなる。該出力は(中略)ポジフィルムの場合は基準白、ネガフィルムの場合は基準黒を示す信号を含んでいる。」(2頁左上欄6行ないし15行)と記載されていることが認められるから、第3図のブロックダイヤグラムで表される装置は、ポジフィルムあるいはネガフィルム(2)を再生し、再生した出力信号はガンマ補正回路(9)等を経てビデオ出力として導出されるものであることが明らかであり、引用例1記載の発明は、ネガ画像及びポジ画像のいずれをも読取対象とすることができるものであって、そのガンマ補正回路の具体的構成が示されていない点は、審決が本願第1発明との相違点として認定したとおりである。
そして、審決は、上記相違点について、周知の技術手段を引用してその容易推考性を判断しているので、該周知技術について検討すると、成立に争いのない甲第7号証によれば、周知例1記載の発明は、名称を「画像入出力装置のガンマ補正方式」(1頁左下欄2行)とするものであって、「本発明による画像入出力装置におけるガンマ補正方式は、予めスキヤナまたはプロツタにおける各種アパーチヤーサイズおよび原稿画像の濃度状態にそれぞれ応じて所望のガンマ補正値を記憶させたPROMを複数用意しておき、そのPROMの中の1つを選択して例えば画像入出力装置の操作盤に設けられたソケツトに差し変えるだけで最適なガンマ補正の設定変更を行わせることができるようにしたものである。」(2頁右上欄3行ないし11行)と記載されていることが認められる。
また、成立に争いのない甲第8号証によれば、周知例2記載の発明は、名称を「画像入出力装置のガンマ補正方式」(1頁左下欄2行)とするものであって、「本発明による画像入出力装置のガンマ補正方式にあっては、画素単位ごとのデジタル化された画像情報のガンマ補正を行なわせる際、画像入出力装置のデータパスライン中に、画像情報の各濃度レベル階調数に応じて設けられたスイツチ群によって任意のガンマ補正関数をマトリクス的に設定することのできるスイツチ機構部を設け、データパスラインの入力レベルに応じてゲートの開閉制御またはRAMのアドレス指定を行なわせることにより、スイツチ機構部によって設定された所望のガンマ補正値を選択的に呼び出してデータパスラインに送出させるようにしたもので、スキヤナまたはプロツタのアパーチヤーサイズおよび原稿画像の性質に応じたガンマ補正内容の設定変更を容易かつ迅速に行なわせることができる」(3頁左下欄2行ないし16行)と記載されていることが認められる。
以上の各記載によれば、画像入出力装置において、入出力の対象とする画像の性状に応じてガンマ補正特性を選択あるいは変更し最適なガンマ補正を行うことは、本出願前に既に広く知られていた技術手段であることが明らかであるから、引用例1に開示されているガンマ補正をより効果的に行うためには、そのガンマ補正回路の補正特性を選択あるいは変更しうるように構成すればよいことは、当業者ならば当然に想到し得た事項というべきである。
したがって、前記認定の引用例1の記載に接した当業者が、一つの装置でネガ画像とポジ画像の双方を読み取り得るものを企図して、一つの画像読取装置が、ネガ画像の補正処理に適する特性を有するガンマ補正手段と、ポジ面像の補正処理に適する特性を有するガンマ補正手段を併せ備えるようにし、二つの手段を、電気信号の切換えに慣用されている切換手段によって切り換えて使用するように構成することに技術的な困難があったとは、とうてい考えられない。
この点について、原告は、周知例1のみを論拠として「特性の異なったガンマ補正手段を選択できるようにすること」が本出願前に周知の技術手段であるとするのは失当であると主張する。しかしながら、審決は、周知例1及び周知例2を援用して「画像などに応じて最適なガンマ補正を行う」ことが本出願前に周知の技術手段である旨を説示し、その具体的な例として、「特性の異なったガンマ補正手段を選択できるようにすること」と「ガンマ補正特性を変更できるようにすること」とを挙げているものと解されるから、原告の上記主張は当たらない。
また、原告は、甲第9号証刊行物及び甲第10号証の各記載を援用して、本出願前においてはガンマ補正を伴うネガ画像読取装置とガンマ補正を伴うポジ画像読取装置とはそれぞれ別個の専用機として構成されていたと主張する。
検討するに、前掲甲第9号証によれば、甲第9号証刊行物には、「ネガフィルム直接反転送像方式」(134頁19行)と題して、「これまで、カラー・ポジフィルム送像方式を中心に述べてきたが、これはテレビ番組の製作において、迅速性・経済性の要求のため、撮影、現像、編集処理が比較的容易なリバーサルフィルムが多く使用されてきた理由からである.一方、ネガフィルム直接反転送像方式も、初期の白黒テレビの時代から使用されてきた.カラー・ネガフィルムを直接反転する送像方式は、フィルムの像がネガ像のため番組製作上の編集処理が不便であり、画質補正を行いながら電気的に極性を反転する技術が難しいことも加わって、その開発が遅れてきた.しかし、ネガフィルム直接反転送像方式は、情報記録の中間素材としてのネガフィルムの多くの特長を生かし、多くの技術開発を経て現在も使用されている。」(134頁20行ないし135頁3行)と記載されていることが認められる。なお、同周知例135頁の図3.112に、「(a)ポジ(リバーサル)フィルムの送像方式」と「(b)ネガフィルム送像方式」の流れが図示されていることは前記のとおりである。
また、成立に争いのない甲第10号証によれば、甲第10号証刊行物には、「カラーネガフィルムをカラーカメラで電気的に反転し送像するシステムも、一部では使用されている.カラーネガ送像の特徴はポジ送像に比べて画質が優れていることである.」(796頁右欄図8.71の下9行ないし13行)と記載されていることが認められる。
これらの記載は、要するに、ポジ画像の送像が技術的に容易であるが画質が比較的劣るのに対し、ネガ画像の送像は技術的な困難を伴うが画質に優れていることを述べているにすぎず、ガンマ補正を伴うネガ画像読取装置とガンマ補正を伴うポジ画像読取装置とはそれぞれ別個の専用機として構成しなければならないこと(あるいは、現に別個の専用機として構成されていること)を述べたものでないことは明らかであるから、原告の前記主張も採用しがたいといわざるをえない。
なお、原告は、ネガポジ変換手段を含み、ネガポジ変換に伴って生ずる「ずれ」の補正処理も行う本願第1発明の第1ガンマ補正手段と、ネガポジ変換手段を含まない従来のガンマ補正手段とを同列に論じている点においても審決は失当であると主張する。しかしながら、本願第1発明は、その第1ガンマ補正手段がネガポジ変換手段を含み、ネガポジ変換に伴って生ずる「ずれ」の補正処理も行うことを要旨としていないことは前記のとおりであるから、原告の上記主張も当たらないものである。
最後に、原告は、本願第1発明は相違点に係る構成によって、周知例1記載の発明のようにPROMを差し替える煩雑な操作でなく、切換手段の切換えという簡便な操作でネガ画像とポジ画像の双方を読み取ることができる作用効果を奏するが、このような顕著な作用効果は本願出願前には予測されていなかったと主張する。しかしながら、一つの画像読取装置にネガ画像の補正処理に適する特性を有するガンマ補正手段とポジ画像の補正処理に適する特性を有するガンマ補正手段を併せ備えるようにすることが前記のとおり容易に想到し得た事項であり、かつ、二つの手段を切り換える切換手段も周知慣用のものにすぎない以上、原告が本願第1発明が奏する作用効果として主張する事項は、当業者ならば容易に予測し得たと考えるのが相当である。
したがって、相違点に係る本願発明の構成は設計事項にすぎず、それにより得られる効果も当業者が周知の技術手段に基づいて予測し得た程度のものであって格別なものではないとした審決の判断は、正当である。
4 以上のとおりであるから、審決の認定判断は正当として肯認し得るものであって、本願発明の進歩性を否定した審決に原告主張のような誤りは存しない。
第3 よって、審決の取消しを求める原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 春日民雄 裁判官 山田知司)
別紙図面A(第1図、第11図、第15図)
保持装置……7、77
照明装置……1~6
結像光学系……8
1次元イメージセンサー……9、15
γ補正回路……138、139
<省略>
<省略>
別紙図面B
<省略>
(2)……ポジフィルム或いはネガフィルム
(5)……撮像管
(6)……前段増幅回路
(7)……パルス発生回路
(8)……時定数を有するグランプ回路
(9)……ガンマ補正回路
(10)……映像増幅回路
別紙参考図(図1、図2)
<省略>